2006年09月23日
楽(がく)、という感覚
どうも~!Keisicです。だんだん涼しくなってきましたね。皆様、風邪などひかれませぬようお気をつけ下さい。さてさて、昨日友人からメールがあり「最近更新してませんねー」とのこと。ごもっとも~(笑)。最近の更新ペースは、一週間に一度くらいになっているので、その一回を逃すと次まで随分と間が空いてしまう。気をつけよっと。
最近は、専らベースギターのレベルアップに精進しているところであります。やはりベースはリズム楽器なので、リズムとのコンビネーションが重要。そこで、練習時には必ずリズムマシンを鳴らしながらひとりジャムセッション。プリセットであらゆるパターンの演奏が可能なので、それぞれに対応できるよう毎回研究するのです。音数が多ければ良いというわけではなく、音数が少なくとも的確な音とタイミングで演奏することが重要だと思う。ある人曰く「Keisicには、もともと持って生まれた音楽的センスみたいなものがあるんだよなー」。そこで私が答える「僕は幼い頃からよく色々な音楽を聴いていましたからね。それが影響しているのでしょうね」。しかし「いや、それとはまた違ったものなんだよ」と。ほほーなるほどね、そういうものがあるのか。ちょっと発見(笑)。一方でこういう自分の特性は、きちんと分かっていた方が良いのかもしれないとも思うのだ。どこまでが理論で、どこからが自分なりのアイデアなのか。きちんと線引きをし、分析し理解しておく。音楽は、衝動的偶発的に生まれるものでありながら、やはりそれは基礎や理論に裏打ちされたものでもあるので、それを理解するという知的な作業も時には必要だ。
でも作曲する時は何も考えないのね。考えると理屈っぽくなるだろうし。僕もどちらかというと小難しい話は嫌いな方なので、感覚と理論の間をフラフラと行ったり来たりしているのかも(笑)。ギターやベースやピアノといった楽器に触れながら思うのは、僕はやっぱり「音楽」が好きなんだなということ。ピアノという「楽器」ではなく、ピアノによって奏でられる音楽が好き。無人島に一つだけ楽器を持って行っていいよと言われたら、僕はおそらくギターを持っていくと思う。それは、持ち運びが便利だから。それだけ。つまり、それだけのことでしかないのだろうね。究極的には、自分の声でも良いことになるのかもしれない。そう考えていくと、何だか面白いな。もしかして、突き詰めると音楽の「音」ではなく「楽」という"感覚"が心地よいのかもしれない。もうこうなると楽器は必要なくなるんだよね。こうして、音楽が自分にとってどのような意味を持つのかを考えることも、とても有意義な作業だと思う。
Keisic : 2006年09月23日 13:43