2008年04月21日

随筆更新したよ~

久しぶりに随筆が更新されましたよ。信仰編の「イエスの伝道活動の最初」です。教会という所におりますとね、時々皆さんの前でお話しなければならない時があるのです。別段アタシは、牧師でも先生でも何でもないのですが、そういうお役目を仰せつかることがあるのです。今回の文章も、その際の原稿に少し手を加えたものです。文体が口語調になっているのは、そのためです。しかしそうでなくとも、最近ではこの口語調が私のお気に入りです。とても読みやすいですからね。

私は、難しいことを難しく書くクセがあるので、可能な限り平易な言葉で説明できるようになることが目標なのです。それは自分自身にとっても大切なことで、難しく書いてしまう時というのは、実は自分でもうまく理解できていないことが多いのです。だから、なるべく分かりやすい文章を書きたいと常々願っているわけですね~。でも、物事を分かりやすく上手に説明できる人って、時々いますよねー。本当、羨ましいなと思うのですよ。(^^;

Keisic : 01:19

2007年12月24日

腕にキマシタ!メリークリスマス!

メリークリスマスです!今日で、教会でのクリスマスプログラムも終わり、やっとホッとしているところであります。毎度のことながら、今年も聖歌隊の指揮をやりましたが、というか指揮自体は年中やっていますが(笑)、病み上がりの指揮は、かなり腕にキマシタ(^^; 。しかし、隊員の皆さんの圧倒的なパワーでとても良い仕上がりでしたよ。良かったよかった。

Keisic : 22:57

2006年11月27日

氷点

とうとう、私のデスクトップパソコンが起動しなくなった。正確には、5回に1回くらいは起動するのだが・・(苦笑)。これではサイトの更新も含め、メールのチェックもできず不便なので、思い切ってノートパソコンを購入。今回は、初めてメーカー製のパソコンにすることにした。まあ、ノートなのだから自作というわけにもいかないわけだが(笑)。購入したのは、VAIO。いいねー、なかなかスタイリッシュでよろしい。スペック的にも、デスクトップに負けないものを持っている。これから、音楽関係の環境構築もしなくてはならない。まだ、最低限の環境しか整えていないので、これからだ。本当はセカンドPCのつもりで購入したのだが、結果的にはメインPCとして活躍してもらうことになりそうだ。これまで、ノートを使用しての音楽作りをしたことがないので、多少の不安はあるが、昔と違い性能的にも良いのでまあ大丈夫だろう。

さて、昨日と一昨日2日にわたって、テレビドラマ「氷点」をみた。三浦綾子さんの本は昔から読んでいるが、ほとんどエッセイが中心で小説のほうはあまり読んでいなかった。「氷点」も今回のドラマで初めてみることになった。うん、とても良かった。人間の罪深さ、弱さ、そして許し。色々なものが表現されていたな。三浦綾子さんのクリスチャンとしての精神が、作品全体ににじみ出ていた。人間の美しさばかりではなく、むしろその裏に持っている弱さや醜さのほうをこそ真正面から表現する三浦綾子さんの小説は、時に読むことが辛くなるほどだ。しかしそれも現実であり、それらと向かい合いながらどう生きていくのかが彼女自身のテーマでもあるのだろう。彼女の人生を支えていたものが、キリスト教信仰であり、それが全てだった。私もクリスチャンとして、これからも聖書をよりどころとして生きていこう。彼女の作品に触れるとき、いつも私はそう思うのだ。理屈ではなく、人間を愛で満たす何かがキリスト教にはある。否、我々がもともと持っている愛を呼び起こしてくれるもの、それがイエス・キリストとの出会いではないか。私にはそう思えてならないのだ。

Keisic : 01:13

2006年11月07日

相手に求めるもの・・

本日、わたくし28歳になりました~♪パチパチッ。そう、11月7日は私の誕生日なのです。繰り返します、「たんじょうび」なので~す(笑)。やはりこのくらいの年齢になってくると、もう28かーという思いも湧いてきますね。私より年上の方からしてみれば、まだ若いじゃな~い、となりますが、あくまでもそれは相対的なものですから、やはり28歳という年齢はそれなりの年齢になってきているのだと思います。結婚が急増するのも、このくらいの年代になるのかな。私の場合は、まずお相手探しからですが・・(苦笑)。ゲンザイ、ガールフレンドボシュウチュウ(小さくアピール・笑)。相手に求めるもの?うーん、挙げたらきりがないですが、第一に私がクリスチャンなので同じ信仰を持つ人か、あるいはクリスチャンとしての私を受け入れることのできる人ですかね。あとは、私の音楽を好きと言ってくれる人(笑)。わたし、Keisicさんの音楽ちょっと苦手・・・というのでは困りますから。(^^;

でもこう考えていくと、昔ほど相手に求める条件が多くないことに気付きます。これは、妥協ということではなくて、自分が求める大切なものが絞られてくるというか。とてもクリアーになってきます。相手に完璧を求めることは出来ないし、そもそも自分自身がダメダメなわけですからね。つい相手には色々求めてしまいがちだけど、じゃああなた自身はどうなの?と問われると返答に困ってしまう自分がいるわけです。人間一人では弱い存在だからこそ、パートナーを求め結婚するのでしょうね(でも聖書では、もし一人でいられるのならばその方がもっと良いとも書いてあるのですよ。面白いですねー。例えばカトリックでは神父やシスターは、独身を守りますよね)。山あり谷ありの人生の中で、支え合えるお相手を、私も早く見つけたいものです。友人たちの結婚ラッシュの中、ふと28の誕生日にそんなことを考えてみたりするのです。

Keisic : 00:21

2005年08月29日

笑顔の式

昨日は祖母の前夜式があり、今日は告別式。何年ぶりかでイトコ達に会えたりと、とても懐かしく楽しいひと時を過ごす。葬儀には、もちろん涙もあるけれど、笑顔もあって良い。笑顔で故人を送り出す式も、美しいと思う。送り出される方だって、嬉しいと思う。

Keisic : 03:38

2005年08月06日

神の平和

「世界を征服するために、爆弾や銃を用いることを、やめなければなりません。必要なのは愛と同情の心です。平和は、ほほえみから始まります。あなたがもっともほほえみたくない人に向かって、一日五回ほほえむのです。平和のためにそうしてください。神の平和を周りに広がらせ、神の光を輝かせ、この世とすべての人の心の中から、あらゆる憎しみと権力への執着を取り去るのです。」(マザー・テレサ)

Keisic : 01:26

2005年07月23日

あなたを愛するか否か

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「私の神よ、あなたはまことに高貴であるので、あなたを愛するか否かということを理性的魂の自由に任せることを望まれています。それゆえにこそ、あなたが愛するということに、あなたが愛されるということが、必ずしも帰結しないのです。」(ニコラウス・クザーヌス)

Keisic : 01:34

2005年06月16日

天地創造とビッグバン

面白い記事を発見したのでご紹介。「天文学者と神」

Keisic : 20:53

2005年05月28日

人間は皆、弱さを抱えているんだ

昨日の金曜エンターテイメント「空中ブランコ」、面白かったなー。トンデモ精神科医を演じる阿部寛もいい味出してた(そういえば、アットホームダッドの続編やらないかな~)。眉毛を太くし、無精ひげも生やして、一段と「濃い~」顔になってましたね(笑)。

でも人それぞれ、色んな悩みや問題を抱えていて、表向きは何でもなく見えても、やっぱり陰ながら苦しんでいたりしてるんだよね。心のバランスって、ちょっとした事でも崩れるし、あのドラマに出てきた人達のようなケースも、日常の中に沢山あるんだろうね。

僕も昔、色々悩んだ時期があったし(もちろん今でも、多かれ少なかれあるけれど)、そういう時はフロイトなんかを随分読んだものだ。心の安らぎを求めて、教会へ真面目に通いだしたのもその頃だったな。そして、洗礼を受けた。つまり僕は、「神」という一生ものの相談相手を得たわけだ。これはとても大きい。僕らは皆、どんなに親しい間柄でも、話せないような事をも抱えている。でも、神様にだったら、どんなことでも祈れるし、またそれに対して解決も与えられる。

神様に頼るなんて弱い人間のすることだと、人は言うかもしれない。でも、人はやっぱり弱いんだよね。人前ではどんなに強がっていても、弱いんだよね。それは、自分自身が一番よく知っているはずだ。弱いことは、恥ずかしいことじゃない。弱さを知ることは、強さにもつながる。だって、全て神様に祈って委(ゆだ)ねるようになるからね。神様に委ねることは、何にも増して心強いことなんだ。

Keisic : 02:27

2005年04月11日

互に愛し合いなさい

人間って、本当に素晴らしい力を持っているな。と、今日のテレ朝の番組を見ながら感じた。その素晴らしい能力の根底には、相手の人を思う深い愛のようなものがあるのだろうとも思った。相手を思うその強い気持ちが、本人の能力を更に研ぎ澄ます。僕は、人間には誰にでも本来そのような能力が備わっていると思う。それに、我々がこうして「生きている」という事実そのものが既に奇跡だとは言えないだろうか。

やっぱり僕らは、「神さまによって」生かされているんだな~、としみじみ思う。そしてその生かされている僕らの中には、神さまから日々与えられている大きな「愛」が満ち満ちているのだ。


(ヨハネによる福音書15:9-12)
父(イエス・キリストの父なる神)がわたし(イエス・キリスト)を愛されたように、わたしもあなたがたを愛したのである。わたしの愛のうちにいなさい。もしわたしのいましめを守るならば、あなたがたはわたしの愛のうちにおるのである。それはわたしがわたしの父のいましめを守ったので、その愛のうちにおるのと同じである。

わたしがこれらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたのうちにも宿るため、また、あなたがたの喜びが満ちあふれるためである。わたしのいましめは、これである。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互に愛し合いなさい。

Keisic : 22:09

2005年03月10日

節目

3月というと、年度末でもあり、新たな生活のスタートに備える時期でもあり、いわば節目と言える。私にとっても、2005年度は新しい動きのある時となりそうだ。どのような時でも、主(しゅ)に信頼して歩む。そのスタンスは、決して変えてはならない。これまでも、ずっとそうして生きてきた。祈り、悩み、そしてまた祈る。答えは必ず返ってくる。だから、僕らは「祈りが聞かれていることを知る」。聞かれていることが分かっているから、また祈る。そして、答えがある。

「答えが返ってくる」とは、事が全て自分の望み通りに進むことではない。神は、我々の欲求に応えるための道具ではないからだ。どのような答えが返ってきても受け入れる、その信頼関係こそが、我々と神との間には必要なのだ。いつも神を信頼する。信頼とは「信仰」である。ある牧師が、僕にそう教えてくれた。

Keisic : 00:46

2005年03月05日

信仰とは

信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである。(ヘブル人への手紙11:1)

Keisic : 00:54

2005年01月11日

旧約聖書

現在、講談社の「旧約聖書大全」を読んでいる。最近の私の中でのテーマとして、「旧約聖書を理解する」ということがある。聖書(特に旧約)を学んでいて思うことは、それぞれの文書が書かれた時代背景や目的を知らないと、解釈を誤るということである。う~ん、難しい。ややこしい。旧約を理解するのは、本当に大変だ。しかし、この壁を乗り越えることは、私の信仰にとって最重要課題である。

Keisic : 02:07

2004年12月25日

クリスマス

クリスマス、おめでとうございます。それにしても、外は寒い!風邪をひかぬよう気をつけなくては。

昨日友人が、あるサイトを紹介してくれた。どうやら韓国のサイトのようですが、とても良いストーリーをフラッシュで制作しています。その中の一つをご紹介。タイトルは「Duty」。つまり、クリスチャンとしての「務め」という意味です。ストーリーを通して、クリスチャンをうまく表現しています。

D u t y

Keisic : 03:23

2004年12月24日

クリスマスイヴ

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今日はクリスマスイヴ。夜には、教会でイヴ礼拝。私は、聖歌隊の指揮者として奉仕。

もうすぐで1年が終わる。

Keisic : 00:56

2004年12月20日

クリスマス礼拝

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昨日はクリスマス礼拝。午後には祝会をやって、夜にはキャロリングを行った。みんなでワイワイ楽しんだ。24日も、クリスマスイヴ礼拝がどこの教会でもあるはず。お近くのキリスト教会へ足を運ばれてみては?


Keisic : 00:53