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イエスの弟子たちの伝道活動

最近メールで「イエスが生き返った後、どうなったのか?」という内容を受け取った。私は、神学校で学んだわけでもなく、もちろん牧師でもないので、一クリスチャンとしての立場でしかお話することは出来ない。いわゆる専門的な知識などは持ち合わせておらず、必ずしも、満足のいく説明をすることが出来るとは限らない。しかし、私の出来うる限りにおいて、努力は惜しまないつもりである。それは、一人でも多くの方々が聖書に興味をもち、イエス・キリストを信じるように、ということが私の最大の願いだからである。

さて、イエスの復活後だが、聖書にはこうある。

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イエスは苦しみを受けた後、40日の間、彼らに現れて、神の国のことを語り、数多くの確かな証拠をもって、ご自分が生きていることを使徒たちに示された。
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イエスは、これまで自分が語ってきたこと、そして自分の「復活」を人々に伝えなさい、と弟子達に語り、彼らの見ている前で雲に包まれ天に上げられた。残された弟子達は、早速エルサレムで伝道活動を始めることになる。イエスの12弟子のうち、ユダを除いたペテロ、ヨハネ、ヤコブ、アンデレ、ピリポ、トマス、バルトロマイ、マタイ、アルパヨの子ヤコブ、熱心党員シモン、ヤコブの子ユダの11人である。その後、マッテヤという弟子がその11人に新たに加えられることになる。彼らはイエスの復活をエルサレムの人々に大胆に語っていった。そして「この曲がった時代から救われなさい」と、伝道し始めたのである。

ところで、ペテロとヨハネは午後三時の祈りの時間に宮に上っていった。すると、生まれつき足の不自由な男が運ばれてきた。この男は、宮に入る人々に施しを求めるために、毎日「美しい門」という名の宮の門に置いてもらっていたのである。

ここからは、聖書を直接引用した方が早いだろう。

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彼は、ペテロとヨハネが宮にはいろうとするのを見て、施しを求めた。ペテロは、ヨハネとともに、その男を見つめて、「私たちを見なさい。」と言った。男は何かもらえると思って、ふたりに目を注いだ。

すると、ペテロは、「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい。」と言って、彼の右手を取って立たせた。するとたちまち、彼の足とくるぶしが強くなり、おどり上がってまっすぐに立ち、歩き出した。そして歩いたり、はねたりしながら、神を賛美しつつ、二人といっしょに宮に入って行った。

人々はみな、彼が歩きながら、神を賛美しているのを見た。そして、これが施しを求めるために宮の「美しい門」にすわっていた男だとわかると、この人の身に起こったことに驚き、あきれた。

この人が、ペテロとヨハネにつきまとっている間に、非常に驚いた人々がいっせいに、ソロモンの廊という回廊にいる彼らのところに、やって来た。

ペテロはこれを見て、人々に向かってこう言った。「イスラエルの人たち。なぜこのことに驚いているのですか。なぜ、私たちが自分の力とか信仰深さとかによって彼を歩かせたかのように、私たちを見つめるのですか。

アブラハム、イサク、ヤコブの神、すなわち、私たちの先祖の神は、そのしもべイエスに栄光をお与えになりました。あなたがたは、この方を引き渡し、ピラトが釈放すると決めたのに、その面前でこの方を拒みました。

そのうえ、このきよい、正しい方を拒んで、人殺しの男を赦免するように要求し、いのちの君を殺しました。しかし、神はこのイエスを死者の中からよみがえらせました。私たちはそのことの証人です。

そして、このイエスの御名(みな)が、その御名を信じる信仰のゆえに、あなたがたがいま見ており知っているこの人を強くしたのです。イエスによって与えられる信仰が、この人を皆さんの目の前で完全なからだにしたのです。

ですから、兄弟たち。私は知っています。あなたがたは、自分たちの指導者たちと同様に、無知のためにあのような行いをしたのです。しかし、神は、すべての預言者たちの口を通して、キリストの受難をあらかじめ語っておられたことを、このように実現されました。

そういうわけですから、あなたがたの罪をぬぐい去っていただくために、悔い改めて、神に立ち返りなさい。」

(略)

彼らが民に話していると、祭司たち、宮の守衛長、またサドカイ人たちがやってきた。

この人たちは、ペテロとヨハネが民を教え、イエスのことを例にあげて死者の復活を宣べ伝えているのに、困り果て、彼らに手をかけ捕らえた。そして翌日まで留置することにした。すでに夕方だったからである。

しかし、みことばを聞いた人々が大ぜい信じ、男の数が五千人ほどになった。翌日、民の指導者、長老、学者たちは、エルサレムに集まった。

大祭司アンナス、カヤパ、ヨハネ、アレキサンデル、そのほかの大祭司の一族もみな出席した。
彼らは使徒たちを真ん中に立たせて、「あなたがたは何の権威によって、また、だれの名によってこんなことをしたのか。」と尋問しだした。

そのとき、ペテロは聖霊に満たされて、彼らに言った。「民の指導者たち、ならびに長老の方々。私たちがきょう取り調べられているのが、病人に行った良いわざについてであり、その人が何によっていやされたか、ということのためであるなら、皆さんも、またイスラエルのすべての人々も、よく知ってください。

この人が直って、あなたがたの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけ、神が死者の中からよみがえらせたナザレ人イエス・キリストの御名によるのです。・・・・・・この方以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。」

彼らはペテロとヨハネとの大胆さを見、またふたりが無学な、普通の人であるのを知って驚いたが、ふたりがイエスとともにいたのだ、ということがわかって来た。そればかりでなく、いやされた人がふたりといっしょに立っているのを見ては、返すことばもなかった。

彼らはふたりに議会から退場するよう命じ、そして互いに協議した。彼らは言った。「あの人たちをどうしよう。あの人たちによって著しいしるしが行われたことは、エルサレムの住民全部に知れ渡っているから、われわれはそれを否定できない。しかし、これ以上民の間に広がらないために、今後だれにもこの名によって語ってはならないと、彼らをきびしく戒めよう。」

そこで彼らを呼んで、いっさいイエスの名によって語ったり教えたりしてはならない、と命じた。ペテロとヨハネは彼らに答えて言った。「神に聞き従うより、あなたがたに聞き従うほうが、神の前に正しいかどうか、判断してください。私たちは、自分の見たこと、また聞いたことを、話さないわけにはいきません。」

そこで、彼らはふたりをさらにおどしたうえで、釈放した。それはみなの者が、この出来事のゆえに神をあがめていたので、人々の手前、ふたりを罰するすべがなかったからである。
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さて、これだけ引用すれば、私がコメントする余地はほとんど無いのだけれども、いくつか強調するならば、「祭司たちが彼らに口止めをした」という事実は興味深い。以前のシリーズでも取り上げたが、イエスの復活を知ったその時でさえも、イエスの墓を警備していた番兵たちに賄賂を渡してまで、事実とは異なる内容を触れ回らせたのであった。今回取り上げた箇所で、イエスの復活が事実であったことを特に物語っているのは次の二点。あのペテロが、祭司たちを前に大胆にイエスの復活を証ししているということ。そして、今も触れた祭司たちの取った行動である。

「あのペテロ」。覚えておられるだろうか。

かつて、イエスが捕らえられた際、自らも捕らえられることを恐れたペテロは、「おまえも、あいつと一緒にいたではないか」という周囲の声に対し、「いや、イエスなど知らん!」と三度も否定したのであった。そのペテロが議会で大胆に語り、証ししたという事実はまことに驚くべき現象である。

今回は、その「事実」を確認したということだけで、私の目的は達成されたのである。

引用聖書:「新改訳」聖書(日本聖書刊行会)


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