2002年7月〜9月
主なトピックス
この本のタイトルをご存知の方も多いことだろう。みすず書房から出ているV.E.フランクルの著書である。精神医学などに精通していた彼は、あの忌まわしいドイツ強制収容所での体験を、独自の視点から克明に記録した。今回はその本を読む中で、とても印象的だった部分をご紹介したいと思う。
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・・・・・・すると私の前には私の妻の面影が立ったのであった。そしてそれから、われわれが何キロメートルも雪の中をわたったり、凍った場所を滑ったり、何度も互いに支えあったり、転んだり、ひっくり返ったりしながら、よろめき進んでいる間、もはや何の言葉も語られなかった。
しかしわれわれはその時各々が、その妻のことを考えていることを知っていた。時々私は空を見上げた。そこでは星の光が薄れて暗い雲の後から朝焼けが始まっていた。
そして私の精神は、それが以前の正常な生活では決して知らなかった驚くべき生き生きとした想像の中でつくり上げた面影によって満たされていたのである。私は妻と語った。私は彼女が答えるのを聞き、彼女が微笑するのを見る。私は彼女の励まし勇気づける眼差しを見る。--そしてたとえそこにいなくても--彼女の眼差しは、今や昇りつつある太陽よりももっと私を照らすのであった。
その時私の身をふるわし私を貫いた考えは、多くの思想家が叡智の極みとしてその生涯から生み出し、多くの詩人がそれについて歌ったあの心理を、生まれて初めてつくづくと味わったということであった。
すなわち愛は結局人間の実存が高く翔り得る最後のものであり、最高のものであるという真理である。私は今や、人間の詩と思想とそして--信仰とが表現すべき究極の極みであるものの意味を把握したのであった。
愛による、そして愛の中の被造物の救い[注1]--これである。たとえもはやこの地上に何も残っていなくても、人間は--瞬間でもあれ--愛する人間の像に心の底深く身を捧げることによって浄福になり得るのだということが私に判ったのである。
・・・・・・その時私は或ることに気がついた。すなわち私は妻がまだ生きているかどうか知らないのだ!そして私は次のことを知り、学んだのである。すなわち愛は、一人の人間の身体的存在とはどんなに関係が薄く、愛する人間の精神的存在(哲学者の呼ぶSo-sein ---本質)とどんなに深く関係しているかということである。
彼女がここにいるということ、彼女の身体的存在、彼女が生存しているということは、もはや問題ではないのである。・・・・・・(全収容所生活において、手紙を書くことも受け取ることもできなかった。そして事実妻はこの時にはすでに殺されていた。)しかしこの瞬間にはどうでもよいことであった。愛する人間が生きているかどうか--ということを私は今や全く知る必要がなかった。そのことは私の愛、私の愛の想い、精神的な像を愛しつつみつめることを一向に妨げなかった。
もし私が当時、私の妻がすでに死んでいることを知っていたとしても、私はそれにかまわずに今と全く同様に、この愛する直視に心から身を捧げ得たであろう。そしてこの精神的な対話は今と全く同じように力強く、かつ満足させるものであったであろう。この瞬間、私は「我を汝の心の上に印の如く置け--そは愛は死の如く強ければなり」(雅歌8:6)[注2]という真理を知ったのであった。
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注1:傍点を太字に変換
注2:「雅歌」とは聖書の中に書かれているものの一つ
引用箇所:pp.123-125
あの惨劇を知ったのは、インターネット上でだった。私はすぐに、あるサイトへ飛んだ。
The New York Times on the Web
サイトを表示した途端、明らかにいつもの様子と違っていることに気がついた。トップページにはテロの記事のみを掲載し、その他のコンテンツは一切消えていたのだ。その掲載の仕方は、実に徹底したものだった。
既にニューヨークは、その事件一色になっていた。遠いアメリカでの出来事ということもあって、私の中での「実感」と呼べるものは今でもほとんど無い。しかしあの出来事が、戦争について、宗教について、アメリカについて、そして日本について考える機会となったことは確かだ。
自分はこれからどうやって生きていくのか。どういう姿勢で生きていくつもりなのか。我々はそれを、冷静に考えていく必要があるのではないか。世界中の人々が、手を取り合って生きていくために。
実は、作品38から作風を新しくしています。これは作品39(本日アップ)にも言えることなのですが、今回ツインピアノでの演奏となっています。ですから、実際にこれを生で弾くのは無理です。(^^;
以前よりも、コンピュータの特性を前面に出した形にしています。もちろんリアルタイム入力を基本とし、その後で手を加えるというものですが。アナログとデジタルの融合というのは、私の昔からのテーマになっていて、100%打ち込み、というのはこれからも恐らくありえないだろうと思います。
私がいつも求めるのは、ある種の「ゆらぎ」なんですね。「ゆらぎ」は曲に豊かな表情を与える故、私はそこに人間らしさを感じるのです。どこかに人間の香りを残しておかないといけない。最近は(同時に昔から)、そんなことを考えながら作曲しています。
何かここのところ、将来の進路について考えることがあるんですね。しみじみと・・。(^^;
で、「音楽を職にするのはどうか?」というのがいつも頭の片隅にある。私でも出来そうな、あるいは私でないと出来ないような何かを探しているところなんです。
まだボンヤリしているのだけれども、何か「夢」があるような気がするんですよね。何か・・。それが音楽なのか、あるいは別のところにあるのか・・。そして、それがはっきりした時には、そこに向かって猛進するつもりです。やっぱり、いつも夢は持つべきだと思うな。夢は人を元気にするから!
<更新情報>
Op.38(再アップ)、及びOp.39を追加 >>
なんでこんなに暑いんだ??風もなく、ジメジメ〜とする毎日・・。皆さんこんにちは、今日は耳鳴りがするのでバイトを休んでしまったKeisicです。
3日前くらいから、ずっと右耳がボ〜となっているんですわ。原因は色々考えられるのですが、おそらく不規則な生活でしょうねー。「神様、耳鳴り治してーー!」と毎日お祈りしているところ。(^^;
信仰者は、こういう時こそ本領発揮ですよ!!神という存在はですね、天高いところにいつもいて、下を見下ろしているというよりは、むしろ、いつも我々の傍にいて下さる「密着型」なんですよ。クリスチャンたるものは、一に祈り、二に祈り、三にも祈りで、百にも祈り。
で、そうやって祈っていると力がみなぎってくるわけですね。有名な方で、90歳を超えてもバリバリ働いておられる日野原重明先生がいらっしゃるでしょう。あの方も、クリスチャンなんですよ。自分の生き方を通してキリストを証しておられる方なんですね。
さて今日は、タイトルにもあるようにカール・ヒルティの言葉を引用してみたいと思います。「眠られぬ夜のために」第一部の中から「2月15日」
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見えない世界を「信じる」ことによって歩くか、それとも日常の世界を「見ること」によって歩くかにしたがって(コリント人への第二の手紙5:7)[注1]、人生は非常にちがった相貌を呈することになる。
われわれは同一[注2]の外的状況のもとで、絶望することもあれば、また実に平安に、それどころか幸福でいることもできる。
信仰によって歩む場合、それにいくらか「想像」があずかることもあろう。しかし、目に見える事物は、本当に、それが見えているとおりのものであるだろうか。いわゆる「現実の」世界に関しても、われわれは、実は全くの謎と仮定の前に立っているのではなかろうか。
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注1:確かに、私たちは見るところによってではなく、信仰によって歩んでいます。(引用-新改訳聖書)
注2:傍点部分を太字に変更。
皆さんこんにちは、だんだん涼しくなってきましたね。秋はとても過ごしやすい。でも、やっぱり私は暑い夏が好きだな〜。
もともと水泳をやっていたせいもあると思いますけど、夏に対する想いは強い。何を隠そうこの私、中学時代には県代表になったことも!!フフ〜ン♪当時は本気でオリンピックを目指していましたからね。
ジュニアオリンピックという大会には一度出場したことがあります。ちょうど私の世代には強い選手が多く、実際共に練習をしていた仲間の中にも、日本代表選手がおりましたし、海外選手を招待しての合宿にも参加したり、当時はなかなか刺激的な毎日を過ごしていましたね。
ところで、本題に入りますが、もう秋に入ったということで一つお知らせがあります。キリスト教会では、たいてい春と秋の2回くらい、「特別伝道集会」というものをやるんですね。まあ、簡単に言ってしまえば「キリスト教講演会」です。
毎週行われている礼拝とは少し違い、教会へ行かれたことのない方でも気軽に参加できるような集会が催されるんです。「キリスト教とはなんぞや?」という部分を知るには良い機会だと思いますよ。
本日より、当サイトのURLが変更になります。当サイトへリンクされているサイト様は、お手数ですがURLの変更をお願い致します。
URL:http://www003.upp.so-net.ne.jp/keisic/
最近、クリスチャンリングをだどって来られる方々が増え、とても嬉しく思っています。「ゲストブック」、いつも大切に読ませて頂いております。
私の好みで、レスを付けないタイプにしておりますが、しっかり読ませて頂いておりますよ〜。曲の感想、随筆の感想など、反応があるとやはり嬉しいものですね。これからも、より良いサイトを目指して、頑張りまーす。
<追伸>
ANIさん、Kengoさん、貴サイトをリンクさせて頂きました。(^^ これからも、宜しくお願い致します。
リンクを更新 >>
皆さんこんにちは、すっかり日に焼けて真っ黒なKeisicです。え?海行って焼けたのかって?そ〜んな洒落たもんじゃありませんて。
ただ、バイトで外に立ちっぱなしだったから焼けた。それだけです。(爆)何のバイトかと言うと、ホームセンターで「灯油を入れる人」やってます。そう、今の季節でも給湯器に灯油を使う人がいるので、一年中売っているわけですよ。冬は寒いし、夏は暑いし、あんまり良いことはない過酷な部門なのですが、それなりに楽しんでやっています。まあ、今の季節、暇になることもあるので、そういう時は違う部門に回されたりもするわけですが。
私、学生生活が長いもんで、このバイトも6年目に突入しております。(汗)端から見れば、既にバイトではありません。そんじゃそこらの社員よりも、古株になりつつあるし・・。(^^;
まあ、そんなこんなで色々忙しくやっている私ですが、元気だぜ!!ということだけ皆様にご報告しておこうと思いまして。
皆様もご自愛くださいませ。(アイスとかジュースとかばっか飲んでると、バテまっせ・・。要注意!!)
ゲストブックに書き込んで下さったRikaさんをはじめ、CDを購入して下さった方々からの感想を、とても嬉しく拝読させて頂いております。
このペースで曲を作り続ければ、「Klavier 3」の完成も、そう遠くはないだろうと思います。尤も、先の事はあまり考えないようにしておりますが。(^^;
実は、私の頭の中ではもう少し先のプランまでありまして、「Klavierシリーズ」は四作目あたりまで続け、その後は、また別のコンセプトでやるのも面白いかもしれないと思っています。
今回のセカンドアルバムのエンディング曲は、オーケストラ曲となっているわけですが、そのうち、オーケストラ曲のみのアルバムを作る、なんて事も考えたりしています。いずれにせよ、予定は未定でありまして、実際どうなるかは分かりませんが、また何か面白い事をやりたいと思っています。
2nd Album "Klavier 2" 発売開始! >>
ここ3日近く、ずっとCD作りに励んでいたKeisicです。皆さん、こんにちは。(^^
セカンドアルバムがほぼ完成致しました。「ほぼ」と言いますのは、今回メディアにスタンプする為のゴム印を発注しておりまして、その完成待ちということです。当初は手書きでサインを入れるつもりだったのですが、きちんとスタンプする事で、より良いものが出来るのでそうしました。
さて、ここでCDタイトル発表!!ジャジャ〜ンその名も「Klavier 2」。はい、そのままでございます。(笑)しかし、今回のアルバムは前回とは一味違いますぞ。(だからと言って、前回のものが劣っているわけではありません。あれはあれで良い!!)
まずは、ブックレット付き(注:ブックレットは、2003年9月のCDデザイン変更によって終了致しました)。曲解説ではありません。制作風景などの画像をちょこっと貼ってみました。まあ、ほんの気持ち程度ですが、何も無いよりは断然良いと思いますよ。これも、ファンの方の声を取り入れたものです。もう少ししましたら、HP上でも制作風景をアップしたいと思います。ある程度、様子が分かった方がCDを聴いていても面白いと思うんですね。
それから曲構成ですが、色々考えました・・。考えて考えて、あーでもない、こーでもないと試行錯誤しました。1曲加えてみたりとか。実は、当初「和太鼓の曲」を加える予定でした。が、全体のバランスを考えて収録しないことに致しました。本当は、日本的なデザインも考えていたのですが、最終的には前回のデザインを引き継ぐという形を取っております。
収録曲数は、15曲。しかし、トータルタイムは52分と1枚目とほとんど変わらない。何と不思議な現象なのでしょう・・。それもその筈、1曲10分間のものが含まれていますから。(^^;
当初お知らせした通り、作品2のサマーバージョン、最後にはアンサンブル曲、それに加え未公開曲が1曲です。サウンドも、1枚目とは違う設定でやっておりまして、これはこれでかなり良い音をかもし出していますよ!
1枚目を買って下さった方はお分かりと思いますが、HP上で聴くのとは全然違います。HP上で聴けるのなら、CDなんていらないじゃん、なんてことにはならないのです!
このサイトの趣旨は、低速回線の方々でも手軽に音楽を楽しんでいただく、という事なのです。つまりその為には、WAVEファイルやMP3ファイルのような重たいファイルではダメなのです。
しかし、MIDIには軽いというメリットの他に、音が良くないというデメリットがある。特に、音源を持たずPC上でしか聴いておられない方々にとってはデメリットとなるのです。音質が著しく低下する事を承知の上で、MIDIファイルをアップしているのです。それを解消する為、且つ、私が意図した音をそのまま聴いて頂くためには、どうしてもCDでないとダメなのです。
今回のアルバムは、1枚目よりもお値段が少し上昇します。というより、ファーストアルバムを安くし過ぎました・・。(涙)セカンドアルバムは、ずばり1500円と致します。「えー、1枚目が1000円なのに何でー!」なんて言わないように。普通、普通!これが普通なの〜。(←かなり必死
発売開始日は、来週くらいからになりそうです。当初の予定よりも、かない早いスタートとなります。もしかしたら今週かもしれませんし、詳しくは分かりませんが。ではでは、お楽しみに♪
さてさて、皆さんお元気でしょうか?(^^
今日こちらは、一時的なものではありましたが雷と大雨がすごかった。私は雷の音を聴くと、何だかワクワクしてくるんだなこれが。なんか大地が生きてる!って感じするじゃないですか。う〜ん、いいなー。
ところで、CD制作の経過ですが、未だ内容で試行錯誤してる。もう一曲くらい加えようかとか、少し修正しようかとか色々ありまして。(^^;
時間が経つと、どんどんそういうものが見えてくるんですね。
まあ、なるべく良いものを作りたいので、もう少し時間をかけたいと思います。ジェケットデザインもそうですが、CDタイトルとかね、迷うんだな・・。それでも、8月中には発売出来るような形で頑張ります。
本日、オリジナルCD第2弾のマスターCDが完成致しました!!
マスターCDとは、いわゆる「原盤」です。これをもとに、コピーしていくわけです。今回の収録曲数は15曲。その内、未公開曲が2曲、アレンジ曲が1曲です。しかも!今回のアルバムは、1枚目よりも更にパワーアップしております。
まずはそのサウンド!やはり物事は経験でして、1枚目での経験を基に、更なる改善を致しました。そして、目玉は何と言ってもアレンジ曲とアンサンブル曲。アレンジ曲の方は、1枚目の中でも特に人気のありました「作品2」をアレンジ。
題して「サマーバージョン」。そして、私としては初めての試みではありましたが、「アンサンブル曲」に挑戦致しました。アンサンブルとは合奏の意味で、いわゆる「オーケストラ曲」です。自分で言うのも何ですが、初めて作ったにしてはかなりの出来で、はっきり言ってイケテマス!
アルバムの最初をアレンジ曲で、エンディングをアンサンブル曲で締めくくるという構成に致しました。全体として、一つのストーリーを展開させています。本当は、今この場ですぐにでも公開したいくらいなのですが、CDをご購入頂いた方だけの特典ということで、ここは涙を飲みたいと思います。(辛い・・・)
これから、ジャケットデザイン等に入りますので、発売までにはあと少し時間がかかりそうですが、どうぞご期待ください!
さて、先月の28日に車の免許を取得した私ですが、現在色々な手続きをしておりまして、未だ愛車には乗れていません。
目の前にあるというのに乗れない、というこの厳しさ・・・。(涙
どのような手続きかと申しますと、いわゆる「名義変更」に必要な書類を揃えているわけです。知り合いから譲り受けたもんで。かなり「おいしい」お買い物でした♪んでもって、その後に任意保険にも加入しなくてはならないわけですが、名義変更をしないことには何も始まらない。
やっぱ保険に入らずに車に乗るのは、危険過ぎますからね(汗)。ということで、乗り出せるのは来週あたりかなー。
オリジナルCD第1弾を発表し、早三ヶ月ほどが経過しました。とは言っても、三ヶ月で次のアルバムを出すというのはペースとしては早いわけですが。(^^;
今回は、前回のアルバムに収録しなかった作品を含め、更にピアノ以外の楽器での演奏という新しい試みもなされています。ピアノ以外の曲につきましては、1枚目のアルバムの中でも特に人気の高かった曲をピックアップし、それにアレンジを加えるという形でやっております。
なかなか面白いものが出来上がるのではないかと思います。乞うご期待!